造形室ノート

牧野先生を訪ねて

2015.08.31 ,

牧野植物園 記念館

この夏、一人の博士に恋をしました。

先生の名は植物学者・牧野富太郎。高知県佐川町に生まれ、独学でその道を極め「日本の植物分類学の父」とも呼ばれた知の巨人です。
今回は高知県立牧野植物園と牧野富太郎先生についてご紹介します。

博士の愛した植物の庭へ

高知県立牧野植物園は高知市街地の東外れ、五台山という小高い山を登った中腹にあります。

五台山 牧野植物園への道

園内に足を踏み入れて気付くのは、植物たちが皆とても自然な様子で生育していること。いかにも「管理してます!」といった雰囲気がなく、五台山を散策する中で多様な植物と出会えるような楽しさがあります。

野ばらの実
雨上がりの野ばらの実。花の時期以外の姿を知れるのも嬉しい。
キアゲハの幼虫

土佐の植物生態ゾーンで元気なあおむしを見つけました。やがてきれいなキアゲハになる幼虫です。ここでは植物と動物の関係をそのまま展示するため、あえて虫の駆除を行っていないそうです。

山と植物と建築物の調和

「植物園を造るならば五台山がいい」という牧野先生の希望に沿って、1958年、先生の死の翌年に牧野植物園は開園しました。

樹木の手入れは自然樹形を基本とし、草花の植栽も自生地を手本として、自然の姿が連想できるよう工夫しています。起伏に富んだ多様な地形条件から生まれる日照、温度、土壌など環境条件の違いを活かして、それぞれに適した植物を選んで植栽しています。
高知県立牧野植物園 サイトより

牧野植物園 ツブラジイの板根
植物園の南北を結ぶ連絡路の途中、山の斜面を下った森の中で、日本では珍しい「板根」という現象が観察できます。屏風のように発達した根っこが巨大なツブラジイの体を支えている様が見事です。

牧野植物園 タマゴケ
50周年記念庭園の水辺で見つけたタマゴケ。うちで育てているものより大きくピンピンとしていて、その植物本来ののびのびとした姿を知ることができます。

牧野植物園 記念館

木のぬくもりと有機的なフォルムが印象的な「牧野富太郎記念館」は、建築家・内藤廣氏の設計によるもの。自然と人間が共生できるサスティナビリティー(持続性)がコンセプトになっており、景観を活かす環境に配慮した建築物として国内外で高い評価を得ています。

牧野植物園 温室 みどりの塔
温室入口の「みどりの塔」内壁にはアコウが植えられており、成長することで塔を包み込む設計になっているそうです。温室内には世界の熱帯や乾燥地の様々な植物が植えられています。

牧野植物園 温室

牧野植物園 遍路道
園内に突如現れる遍路道。植物園は四国霊場第三十一番札所・竹林寺に隣接しています。

竹林寺の境内だった南園では、古い石垣や参道と植物が調和した美しい景観を楽しむことができます。

牧野植物園は、園内の植物が生い繁ることでいずれ五台山の森と一体化するように設計されているそうです。観賞用に整備されたピカピカの施設では見られない、植物のありのままの姿に出会える場所として何度でも訪れたくなる植物園だと思います。

愛すべき牧野富太郎先生

牧野植物園を訪れて私が最も夢中になったのは、牧野先生の生涯を辿る常設展でした。

牧野富太郎博士
自ら「私は植物の精である」と語った牧野先生。蝶ネクタイがトレードマーク。

独学で突き進んだ植物の道

高知県佐川町の裕福な酒屋に生まれた牧野富太郎少年。小学校へ入学するも、授業のレベルの低さに辟易し、2年で自主退学してしまいます。その後は独学で海外の書物に学び、植物採集のフィールドワークを続けました。

優れた研究が認められ、東京帝国大学の講師を長年に渡り務めますが、大学側の無礼な扱いに憤慨し、77歳のとき辞表を叩きつけて辞めてしまいます。

大学を出て何処へ行く? モウよい年だから隠居する? トボケタこと言うナイ、われらの研究はマダ終わっていないで尚前途遼遠ダ。マダ自分へ課せられた使命ははたされていないから、これから足腰の達者な間はこの闊(ひろ)い天然の研究場で馳駆し、出来るだけ学問へ貢献するのダ。
『牧野富太郎自叙伝』より

牧野富太郎先生

その頃の牧野先生。地位や権威なんてどこ吹く風、オニバスの幼株を首にかけてニコニコです。大学を辞職してからはそれまで以上に植物研究に情熱を注ぎ、日本全国を飛び回ったそうです。全国を歩き回って採集した植物標本の数は、40万点とも50万点とも言われています。94年の生涯を通じて、1500種以上もの植物に名前をつけました。

牧野式植物図の美しさ

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出典:http://www.makino.or.jp/

牧野先生の描いた植物図は、その植物の特徴を表す多くの情報が一目で分かるように描き込まれています。年間を通して描きためた花や種などの姿を1つの画面に再構成して描かれた図は、学術的に記載された研究資料でありながら、驚くほどにグラフィカルで美しいのです。

特注の面相筆やイギリス製の最高級品の絵の具を使うなど、道具にもこだわり抜いた牧野先生。植物学における図画技法について以下のように語っています。

学問の成果を発表するには、植物の形や様子、生えている環境などを描写するのに最も適した図画の技法を学びなさい。
他人に描いてもらうのと、自分で描くことは雲泥の差です。それに加えて練られた文章の力を借りてこそ、植物について細かくはっきりと伝えられます。

こういった科学的な図は、植物に関する豊富な知識があってこそ描けるものです。植物の真の姿をつぶさに観察し、正しく記録し、分かりやすく伝える。先生の植物図には、植物への深い愛情と学問・研究への情熱的な姿勢、優れた才能と弛まぬ努力といった生き様すべてが詰まっているようです。

植物研究の楽しみを全国へ

牧野先生は自身の研究に没頭するだけでなく、その知識を全国の植物愛好家へ普及する活動も精力的に行いました。

各地の植物同好会に足を運び、観察会や講演会を開きました。「国宝的植物学者」と称えられながら、年齢性別を問わず専門家から子供まで常に同じ目線で接し、植物研究の知識と楽しさを伝えました。先生のユーモアあふれる気さくな語り口は人々を魅了し、月に一度の採集会には多くの人が詰め掛けたそうです。

牧野富太郎 植物研究雑誌
1916年独力で創刊した『植物研究雑誌』。タイトル周りの図案も美しい。出典:http://asakurasansyo.info/
牧野日本植物図鑑の原稿と校正
手書き原稿と赤字を入れた校正。出典:牧野日本植物図鑑インターネット版

植物研究に関する書物づくりにも力を注ぎました。研究成果の発表の場として、また植物趣味の普及のために、費用の工面から原稿づくり、インクの色や活字の選定に至るまで妥協を許さず奔走しました。正確な図版を追求するべく、印刷工場に通って石版技術を習得し、自らも製版を行ったと言われています。

晩年まで健康で、自らの目と手で大好きな植物の研究を続けた牧野先生。個人雑誌『牧野植物混混録』を発刊したのは84歳の頃というのには驚きました。

脚腰が弱り山へ採集へ出かけられなくなっても、毎朝5時に起き、夜中起きているのが耐えられなくなるまで机に向かって研究・執筆にはげみ、全国の植物愛好家からの手紙に返事を書いていたそうです。

夢中になれることと取っ組み合う醍醐味

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自宅の書庫にて。出典:翼の王国

独学で植物の道を極めてきた牧野先生は、研究のために良いと見た書籍は片っ端から買い集めました。その蔵書は5万点にものぼると言われています。娘さんの結婚資金として工面したお金を、ふと立ち寄った本屋で使い果たしてしまったこともあったとか。おかげで借金が膨らみ、牧野家は30回もの引越しを余儀なくされたそうです。

自身が困難な状況にあっても、植物研究への情熱を絶やさなかった牧野先生。ひとつの物事に深く取り組むことの醍醐味を次のように話しています。

趣味はアマチュアのもので、研究はプロフェッショナルなものですが、ほんとうのものごとの醍醐味は、プロでなければ味わうことはできません。
アマチュアの方々にいいたいことは、単なる趣味から一歩をすすめて、研究の醍醐味を味わってほしいということです。一歩研究に足をふみ入れれば、今まで知らなかった新しい世界が眼前にひらけてくることはたしかです。
一つのテーマをつかまえて、これととっくんでみるのがよいと思います。たとえば、自分はスミレの花が大好きだから、スミレをテーマにしてスミレの研究をしてみようとか、自分は食虫植物をおもしろいと思うから、食虫植物のことをいろいろ調べてみようなどと、それを専門に研究してみるのも楽しいことでしょう。
知識が深まれば、深まるほど、ものごとは興味がわいてきます。そして夢中になります。人の一生で、夢中になれるものをもつということは尊いことだと思います。
『牧野富太郎植物記〈8〉植物採集』より抜粋

自室で膨大な本に埋もれるようにして机に向かい、ひしと植物に向き合っている牧野先生の背中を見ていると、私もがんばろうという勇気が湧いてきます。

先生に倣えば、まだまだあと50年は現役で自分の夢中になれる道に没頭できるのですから。

おじいちゃん牧野先生の貴重な映像。

参考文献・リンク

高知県立牧野植物園高知県立牧野植物園
〒781-8125 高知市五台山4200-6

  • 開園時間:9:00~17:00/休園日:年末年始(12月27日~1月1日)
  • 一般:720円(高校生以下無料)
牧野博士のサイン

おまけ
ぐるぐるのの字が巻いて「まきの」。牧野先生お気に入りのサインをモチーフにした植物園の門。先生のユーモアとデザインセンスがこんなところにも伺えます。

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