遠くの街

I was a stranger.

2015.06.20 ,

先日の夜、いつものように Twitter のタイムラインを流し読みしていると、とある一文に目が釘付けになりました。

「移住するには何か一芸持っていないとだめですか?」
高知の知る人ぞ知るバズブロガー・ヒビノケイコさんの記事 についてのツイートでした。

記事の冒頭でヒビノさんはこう答えています。

「地域に移住するには、何か一芸持ってないとだめですか?」
「えーっと、別に一芸なくても普通で大丈夫ですよ」
「移住するには何か一芸持っていないとだめですか?」存在の価値。たった一人のインパクト

「そうなんだよ!」と膝を連打する思いでした。
というのも、私が高知へ移住して最も苦しみ、ここ数年でようやくたどり着いた答えがそこにあったからです。

その記事は4ヶ月前のものでしたが、今ここで出会ったのも何かのタイミングと思い、私のハマった落とし穴を記しておこうと思います。
我ながら情けない話ですが、移住に限らず、新しい環境に身を投じる方へのエールになれば幸いです。

  

「おまえは誰だ?」

大人になってから、仕事関係以外の相手に自己紹介をしたことはありますか?

移住するとまず間違いなく、自己紹介をする機会が増えます。人を紹介されることも増えます。そんな中で「自分が何者か名乗れるようになる」というのは、当時の一つの目標でした。

何者もなにも、デザイン事務所に勤めるデザイナーですと答えれば良いのですが、新天地に来たからには仕事や作品も含めて自己紹介したい、という欲張りな願望・変な気負いがあったのです。

そんな気負いとは裏腹に、仕事は新しい環境に慣れるので精一杯、休日はへとへとで自分の制作もなかなか形になりません。そうして日が経つにつれて、結果を出せない自分を責める気持ちがどんどん大きくなっていきました。
「それでもプロか?」「期待はずれだな」「本当にやりたいのか?」……

理想と現実の差を痛いほど突きつけられ、何もかも自信がなくなり、しまいには自分は何が好きかもわからなくなってしまいました。

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移住してから、暮らしも仕事もあらゆる面で良い方向へ動いているのを感じていました。
しかし好きな土地で暮らせる喜びを感じれば感じるほど、望んでいた環境を活かせない自分を情けなく思う気持ちが強くなっていったのです。

声をかけてくれる人や仲間に入って行きたい人達はあれど、自分が何者か名乗れない。
自信のなさから一歩踏み込めないまま、大好きだけど知らない街で、外からも内からも“stranger”になっていました。

鏡に向かって「おまえは誰だ」と問い続けてはいけない、という話があります。

今思い返せば突っ込みどころ満載、自意識過剰で、笑えないほど恥ずかしいですが、当時の私はまさにその状態に陥っていたのです。

胸を張って心をひらいて、
つながった上で積み重ねていけばいい

賢明な読者のみなさまはもうお気づきでしょうが、胸を張ってありのまま自己紹介をすればいいだけの話です。

自意識や無駄な気負いを捨てて、心をひらいて「よろしくおねがいします」とにっこり挨拶するのが一番の名刺になります。何かを成し遂げないと名乗れないなんて、そんなバカな話があるわけないのです。

もし何かを成し遂げたいなら、周りとの関わりの中で達成していけば良いのです。あれもしたいこれもしたいの道半ばならば、今ここから、人とのつながりの中で育てていけば良いのです。その様子を含めてひらいていけば、応援してくれる人・仲良くなれる人が増えるかもしれません。

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場によってつくられる新たな能力

先述の記事でヒビノさんはこうも語っています。

田舎は人数が少ないため誰かがやらないといけない場合が多く、「自分でもよければ、初めてだけどやってみようか」と場をこなしていくうちに知らず知らずのうちに潜在能力が伸びていきます。
(中略)
私は田舎で暮らしていて、より一層「一人の存在の価値」の大きさを感じます。
その場所を愛し、一生懸命仕事をし、丁寧に暮らしていく人が一人でも多く存在することのすごさ。空家に光がふたたびともり、その人たちが幸せに生きることで、周りの人にも元気が出て活気付いていく変化。
それだけでもすごく大きな価値だと感じています。

場に求められるうちに思わぬ得意分野が発掘されるというのは、私も高知へ来てから何度も体験しました。
「まあやってみいや」と、周りの方々におおらかにたくましく育ててもらっている感じです。

この得意分野の発掘・育成、言い換えれば、新しい環境で新しい自分とうまくやっていくには2つのコツがあります。

ひとつは、人でもモノでも、否定から入らないことです。
反射で拒否・否定していると、結局は自分を追い詰めることになります。私はこれが好きだけど、それもちょっとやってみようか、くらいのフットワークで挑戦していけば、一人では思いもよらなかった場所へ到達できたりするものです。

もうひとつは、意識を内側ではなく外側へ向けることです。
何かに行き詰り、自分を責める負のスパイラルに陥っているとき、その思考の主語が「自分」ばかりになっていることがよくあります。

自分は、自分が、自分の、自分で、自分に、自分を……

己の深部に入り込んで対峙し真理を見つける、という道もあるでしょうが、行き詰まっているならいったん脇へ置いておくのも一案です。

内側へ向かう(引きずり込まれる)マイナスの要素をいったん忘れて、視線を外へ向けてみる。
すると現在の立ち位置や、かかっている力の方向性、場や時の流れが見えてきます。つまり、その環境や周りの人に求められているものが見えてくるのです。

力を抜いて、その中から今できることをひとつ選び取ってやってみる。それを繰り返していくことで、その環境に合った自分のかたちに変化しながら、良い波に乗って楽に遠くまで行けるようになるのです。

一人で完璧にやらねばと抱え込み、思い悩んで萎縮しているよりも、今その場所でできることを精一杯やってのびのびと生きる。その方がパフォーマンスも上がり、周りにもずっと良い影響を与えるものです。

自分は何者か。

内側からカチコチに固めて作っていくものではなく、今いる場所に呼応しながらしなやかに変化し、周りが育てあげてくれるものなのだと思います。

私はまだまだ道半ばですが、このことに気づけたので、もうこの街で迷子になることはないと思います。

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本日紹介したヒビノケイコさんのブログはこちら。ブログタイトルが示すとおり、あたらしい時代のDIYな暮らし方、働き方、ライフスタイルを提案されています。

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